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人工膝関節置換術とは
人工膝関節置換術とは、傷んだ膝関節を人工関節に置き換える手術方法です。
変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)や大腿骨内顆骨壊死(だいたいこつないかこつえし)、関節リウマチなどの疾患に対して行われます。
変形性膝関節症
膝関節の軟骨破壊や滑膜(かつまく:関節の内側を覆っている薄い膜)に炎症が起きることにより、痛みや腫れ、関節の変形などを引き起こす疾患です。
大腿骨内顆骨壊死
大腿骨(だいたいこつ:太ももの骨)の内側の顆部(かぶ)という部分で骨壊死が起こる疾患です。発症すると膝に強い痛みを生じることがあります。
関節リウマチ
免疫の異常により、主に手足の関節が腫れたり痛んだりする疾患です。進行すると、軟骨や骨が破壊され、関節が変形することもあります。症状としては朝に患部のこわばりを感じる、関節が痛む・腫れる、微熱、倦怠感、食欲不振などが起こります。
通常、これらの疾患に対する初期治療として保存療法(主に手術以外の治療法)を行いますが、保存療法では十分に効果が得られなかった場合や生活に支障が出ているような場合、手術による治療が検討されます。
人工膝関節置換術は、全国で年間9万件以上も実施されている手術方法です。(*1)この手術では、痛みの原因である傷んだ関節を人工関節に置換するため、術後は痛みや膝関節の動きが大きく改善され、日常生活の水準も治療前より高めることができます。
人工膝関節置換術には、関節全体を人工関節に置換する全置換術と、膝関節の内側または外側のみを置換する部分置換術があり、膝の病状に応じて選択されます。
人工膝関節の耐用年数の目安は25~35年で、一般的に9割の方は術後20年経っても問題なく生活できているとされています。しかし一部の方では、人工膝関節の耐用年数や、脚の骨が弱ることで生じる人工膝関節の緩みなどが原因で、再手術が必要となる場合があります。
また、術後にどの程度膝が曲げられるようになるかには個人差があり、手術前にどれだけ膝を曲げ伸ばしできたかが影響する傾向にあります。(*2)
一般的に人工膝関節置換術を受ける方は、膝関節の変形が進行していて、正座などの膝を深く曲げる動作が困難なことが多いです。このような場合、術後も依然正座をすることが難しいケースがほとんどですが、日常生活を送る上では問題にならない程度の可動域(膝を曲げ伸ばしできる角度)の改善は見込めます。
人工膝関節置換術のリハビリについて
人工膝関節置換術を行うと、個人差はありますが、術後一時的に痛みや腫れに伴なった膝関節の可動域制限や動作能力の低下などがみられることがあります。術後、膝の痛みを軽減し、活動的な日常生活を送るためには、膝を支える筋力や膝の柔軟性を向上させるためのリハビリが欠かせません。
人工膝関節置換術のリハビリの目的と内容
人工膝関節置換術後は、患部の状態や体調を考慮しながら、下記のようなリハビリを行います。
膝関節の可動域改善運動
人工膝関節置換術の実施後、しばらく膝関節を動かさない状態が続くと、膝関節が硬くなり、膝関節の可動域が制限されることがあります。膝関節の可動域が少なくなると、立ち上がる動作や階段の昇降など、日常的に必要な動作をスムーズに行うことも難しくなる可能性があります。これを防ぐために、術後の早い段階から、膝関節の曲げ伸ばしなどを行う可動域改善運動を行うことが大切です。
また、手術の治療効果を最大限発揮させるためにも、リハビリは欠かせません。
膝関節の可動域改善運動を行う方法には、自分の力で膝の曲げ伸ばしなどを行う自動運動と、理学療法士などに補助されながら膝関節を動かす他動運動があります。
また、CPM(continuous passive movement)という、膝を乗せるだけで自動的に膝を曲げ伸ばしする機械を使ったり、ボードに足をのせ、前後に動かすことで膝関節を動かすスライダーボードなどを用いて膝の曲げ伸ばし運動を行う方法もあります。
膝周囲の筋力強化訓練
変形性膝関節症により人工膝関節置換術を受ける方は、同年代の健常者と比較すると、膝関節を曲げ伸ばしするための筋力(膝関節伸展筋力)が低下している傾向にあるといわれています。(*3, 4)そしてこの筋力は、歩行能力や階段昇降能力に大きな影響を与えることから、手術後、活動的な日常生活を送るためには、膝関節伸展筋力を向上させることが必要です。
特に大腿四頭筋の筋力向上は、人工膝関節置換術後の臨床結果において、短期的にも長期的にも良い影響を与えることが報告されており(*5)、欠かせない訓練です。
股関節周囲の筋力強化訓練
ある研究では、変形性膝関節症の方は、健常者と比べると股関節周囲の筋力(股関節周囲筋)が20~30%低下していることが報告されています。(*3, 6) そしてこの股関節周囲の筋力は、人工膝関節置換術後の動作能力に大きく影響することも報告されています。(*3, 7)
そのため、手術後の歩行能力などを改善し、活動的な日常生活を送るためには、股関節周囲の筋力強化を行うことが重要です。
人工膝関節置換術のリハビリの流れ
人工膝関節置換術を行う際は、まず手術前に膝周囲の筋力・可動域等の測定を行います。そしてこの測定結果を考慮しながら、術後に必要となる自主訓練などの指導を事前に行います。手術前の膝周囲の痛みや膝の筋力・可動域は、術後の膝の状態に大きく影響するため、手術前に状態を把握しておくことが大切です。(*8)
また、手術前に自主訓練の指導を行うことで、術後のリハビリメニューを事前に知ってもらい、術後、スムーズにリハビリを開始できるようにします。
人工膝関節置換術後のリハビリの流れとしてはまず、手術翌日にベッドから椅子に乗り移る、トイレに行く、膝を曲げ伸ばしするなどの練習を開始し、術後2日からは、平行棒を用いて歩く練習を始めます。そして歩行訓練と並行して、関節可動域エクササイズ、筋力トレーニングなども開始します。
手術後に長時間脚を動かさずにいると、脚の静脈に血栓(血のかたまり)を生じ、肺塞栓症という合併症を起こすことがあります。脚に血栓ができるのを防ぐためにも、リハビリによって術後早期から体を動かし始めることが重要です。
平行棒での歩行が安定してきたら、回復状況に応じて歩行器や杖を用いた歩行訓練も開始されます。これらの訓練も安定して行えるようになってきたら、階段昇降や入浴動作、床からの立ち上がり動作などの練習を行い、自力で日常生活の動作を行えるよう訓練していきます。
術後3週程度で上記の動作が自力で行えるようになったら、退院です。
退院後もしばらくは、膝周囲のつっぱりを感じたり、膝の曲げ伸ばしがしづらいことがあります。膝をスムーズに動かせるようになるには、退院後もしばらくは通院でのリハビリを行うことが理想的です。
人工膝関節置換術後のリハビリの流れ | |
術前 |
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術日 |
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術後1日 |
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術後2日 |
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術後1〜3週 |
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術後3週〜 |
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人工膝関節置換術後、家でできるリハビリについて
ここまで、手術後の入院期間中に行うリハビリについて解説してきました。前述にもあるように、退院後、通院にてリハビリの指導を受けることは大切ですが、家にいる間に自発的に運動を行うことも必要です。
ここからは、退院後に家でできるリハビリ方法をご紹介します。人工膝関節置換術後の方は、医師にこうした運動を行っても問題ないか確認し、無理のない範囲で取り入れてみてください。
膝の曲げ伸ばしをする運動
膝の曲げ伸ばし運動をすることで、膝の動きがスムーズになり、膝の筋力向上も見込めます。
方法は以下の通りです。
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- 床に脚を伸ばした状態で座ります。
- 無理のない範囲で片膝を曲げて、かかとを体の方に引き寄せ、その後元の状態に戻します。
- 2の動作を約30秒間行います。
- 次に、反対の脚も同様に行います。
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膝が曲がるようになってきたら、少しずつ曲げ伸ばしする角度を広げていくようにしましょう。
膝の曲げ伸ばしをする運動②
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- 床に脚を伸ばして座り、片足の裏にタオルを引っかけます。
- 脚を曲げ、その際にタオルを手前に引っ張り補助するようにします。
- 脚を元の位置に戻します。
- 2~3の動作を約30秒間行います。
- 次に、反対の脚も同様に行います。
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膝を伸ばす運動
次に、膝を伸ばす運動を紹介します。
この運動をすることで膝が伸ばしやすくなり、歩きやすくなります。歩く際の痛みが改善したり、疲れにくくなる効果があります。
方法は以下の通りです。
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- 床に脚を伸ばした状態で座り、片足の裏にタオルを引っかけます。
- タオルを手前に引っ張り、膝の裏は地面につけるイメージで、ふくらはぎを伸ばします。
- 2を30秒間持続して行います。
- 次に、反対の脚も同様に行います。
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太ももを鍛える運動①
太ももを鍛えることで、歩行や立ち上がりの動作がしやすくなります。
方法は以下の通りです。
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- 床に脚を伸ばして座り、両手は体の後ろにつきます。
- 片方の膝の下にクッションなどを敷き、反対の脚は膝を軽く曲げて立てます。
- 伸ばした方の脚の太ももに力を入れ、クッションを押しつぶすようにして、その状態を5秒間キープし、その後力を抜きます。
- 3の動きを約30秒間繰り返します。
- 次に、反対の脚も同様に行います。
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太ももを鍛える運動②
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- 椅子に浅く腰かけます。
- 片脚を床と水平になるまで伸ばし、ゆっくり息をしながら5〜10秒間、その状態をキープします。
- 上げた脚を元の位置に戻します。
- 次に、反対の脚も同様に行います。
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人工膝関節置換術後の生活で気を付けるべきこと
ここまで、人工膝関節置換術後のリハビリの大切さやその方法について解説してきました。
しかし、人工膝関節をできるだけ長く良い状態で保ち、快適な生活を続けるためには、その他にもいくつか気を付けるべきことがあります。
まず、重労働や肉体労働、高いところから飛び降りる動作などは、人工膝関節への負担が大きくなりますので、避けましょう。また、膝に大きく体重がかかる動きや、正座もしない方がいいでしょう。
また、膝を床につける立ち膝のような姿勢についても、術後2〜3ヶ月間、手術による傷が完治するまでの間は避けるようにしましょう。
上記のように動作に制限がある一方で、膝の状態を良く保つためには適度な運動をすることも大切です。
サッカーやテニスなど、切り返し動作を伴い膝に大きな衝撃が加わる運動を行うことは難しいですが、水泳やゴルフ、登山などは無理のない範囲で行うことが可能です。
術後、膝の痛みが取れてきたら、適度な運動を積極的に行うことをおすすめします。
まとめ
膝痛に悩まされたら、まずはお近くの整形外科を受診してみてください。運動療法や飲み薬、関節注射などの保存療法で症状が改善される患者さんは多くおられます。
保存療法を続けても痛みが解消されず、日常生活動作に大きな支障が出る場合は、手術治療を検討する必要があるかもしれません。適切なタイミングで人工膝関節手術と術後のリハビリを行うことで、膝の痛みと歩行能力は大きく改善します。
手術というと、大きな不安をかかえられることかと思いますが、本記事が手術後のリハビリの理解の一助となり、不安の解消につながれば幸いです。
※注釈
*1…厚生労働省.第4回NDBオープンデータ(平成31年度のレセプト情報及び平成30年度の特定健診情報).
*2…小俣 孝一(2020).『ひざ痛 変形性膝関節症 ひざの名医15人が教える最高の治し方大全 聞きたくても聞けなかった137問に専門医が本音で回答!』.文響社.
*3…南角 学,松田 秀一(2017).「人工膝関節置換術後における機能障害に対するリハビリテーション」『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine』54, pp201-204.
*4…Thomas AC, et al. (2014). Quadriceps/hamstrings coactivation increases early after total knee arthroplasty. Knee. 21, pp1115-1119.
*5…日本理学療法士協会 理学療法診療ガイドライン(第1版)(2011).
*6…Hinman RS, et al. (2010). Hip muscle weakness in individuals with medial knee osteoarthritis. Arthritis Care Res (Hoboken). 62, pp1190-1193.
*7…Piva SR, et al. (2011). Contribution of hip abductor strength to physicalfunction in patients with total knee arthroplasty. Phys Ther. 91, pp225-233.
*8…飛山 義憲ほか(2021).「人工膝関節置換術前後のリハビリテーションプロトコルの実施状況と内容に関する全国調査」『理学療法学』48(4), pp353-361.