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変形性膝関節症の薬物療法
変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)とは、加齢などにより膝関節の軟骨が徐々にすり減り、炎症によって痛みを感じたり、膝関節の変形が生じる疾患です。
変形性膝関節症について知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
変形性膝関節症と診断されると、初期治療ではまず保存療法(主に手術療法以外の治療法)を行います。中でも薬物療法は、特に膝の痛みや炎症・腫れが強かったり慢性化している場合などに欠かせない治療法です。変形性膝関節症の薬物療法には大きく分けて、外用薬、内服薬、注射の3つがあります。ここからは、これらの薬にそれぞれどのような特徴があるのか、ご紹介していきます。
なお、薬物療法と手術のすきまを埋める“手術のない新しい治療法”が登場しています。「手術は受けられないけれど、薬は効かない…。」というお悩みのある方はコチラで特集しておりますので併せてご覧ください。
外用薬
外用薬は、「塗り薬」と「貼り薬」の2つに分けられます。
これらは患部に塗布、または貼り付けると、薬効成分が皮膚から吸収されて内部で拡散し、さらに血流に乗って膝関節周囲の筋肉や腱、膝関節内部に作用し(経皮吸収)、炎症を起こしている局所で、痛みや腫れを抑える効果を期待できます。
では次に塗り薬と貼り薬、それぞれどのような特徴があるのかみていきましょう。
塗り薬
塗り薬には、軟膏やクリーム、ゲル、チック剤(ゲル剤を固めて固形状にしたもの)などがあります。
使用しても目立たず、持ち運びもしやすいため、外出先で使いやすいというメリットがあります。
また、変形性膝関節症の方の場合、患部は膝という可動域(曲げ伸ばしできる角度)の大きい箇所になりますが、塗り薬はこのような可動域の大きい部位にも使いやすい薬といえます。
貼り薬
貼り薬はパップ剤とテープ剤の2種類に分けられます。塗り薬に比べ、いずれも患部に密着するため、貼っている間はしっかり効きやすいという特徴があります。
パップ剤は、いわゆる湿布といわれるものです。テープ剤に比べると剥がれやすいというデメリットがあり、日常生活で体を動かすことが多く、すぐ剥がれてしまうという方にはあまり向きません。
テープ剤は、粘着力や伸縮力に優れた、薄いシート状の貼り薬です。色は肌色であることが多く、パップ剤に比べると剥がれにくく、目立ちにくいというメリットがあります。ただし剥がれにくい分、剥がす際に痛みを感じることもあります。
パップ剤もテープ剤も、長時間貼っていると肌がかぶれてしまうことがありますが、かぶれやすさには個人差があります。
また、使用する箇所によっては湿布だと貼りにくかったりするため、診察の際は使用する方の生活習慣や体質、本人がどちらを使いやすいと感じるかによって、その方に合ったタイプの薬を処方します。
内服薬
変形性膝関節症の治療でよく使用される内服薬としては、アセトアミノフェン(解熱鎮痛薬)やNSAIDs(エヌセイズ:非ステロイド性消炎鎮痛薬)、オピオイド(痛みに関わるオピオイド受容体に作用する薬)などがあります。
それぞれどのような特徴があるのか、解説いたします。
アセトアミノフェン
アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬として使われている薬で、薬局などで一般の方が処方箋なしでも購入できる、市販の痛み止め(カロナールなど)にもその成分が含まれています。
変形性膝関節症の膝痛の緩和に有効との研究結果もあり、胃腸障害などの副作用に関しては後述のNSAIDsよりも起きる頻度が低いことがわかっています。(*2)
ただしアセトアミノフェンも、食欲不振や胃痛、肝障害などの副作用が出ることもありますので、長期間の服用は推奨されません。
NSAIDs
NSAIDsとは、非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)の略称で、広義には、ステロイドではない抗炎症薬すべてを指します。痛みや炎症を抑える効果が高く、変形性膝関節症の治療で最もよく使われている抗炎症鎮痛剤です。
NSAIDsは、体内にあるシクロオキシゲナーゼ(COX:コックス)という酵素の働きを阻害することで、抗炎症作用を発揮します。COXには、COX-1とCOX-2の2種類が存在し、そのうちのCOX-1は胃粘膜保護の働きも持つため、NSAIDsがこの働きを阻害することで、しばしば胃腸障害が起きやすくなります。
そこで開発されたのが、COX-2の働きのみを抑える薬(COX-2選択的阻害薬)です。COX-2は、主に炎症が起きている部位に存在しているため、これを選択的に阻害することで、胃粘膜保護を行うCOX-1を阻害せずに済み、胃腸障害の副作用が起こりづらくなります。(*3, 4) そのため、一定期間以上服用する際は、COX-2選択的阻害薬を用いることが多いです。
ただしCOX-2選択的阻害薬も、副作用として胃腸障害がみられることがありますので、COX-2選択的阻害薬を含めNSAIDsを処方する際は、胃粘膜を保護する薬も同時に処方するのが基本となります。また、NSAIDsには他にも血栓や発疹、腎障害、肝障害、眠気などの副作用があることも知られていますので、いずれも漫然と長期処方することは避けるべきです。NSAIDsを使っても症状が改善されない場合は、他の治療法を検討する必要があります。
NSAIDsの中でもCOX-2選択的阻害薬でないものとしては、ロキソニンやボルタレン、ナボールSRなど、COX-2選択的阻害薬にはセレコックスなどの製剤が挙げられます。
オピオイド
上記でご紹介したアセトアミノフェンやNSAIDsを使用してもなかなか痛みが治まらない場合、より強力な鎮痛作用のあるオピオイドを使用することもあります。
2011年には、オピオイド鎮痛剤にアセトアミノフェンが配合された、トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠(商品名:トラムセット)が発売され、治療においても使用されるようになりました。
トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠の変形性膝関節症治療に対する有用性を報告した研究として、4週間以上トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠の投与を継続した変形性膝関節症の方7名について、痛みの改善及びADL(日常生活動作:日常生活に最低限必要な動作ができるか測る指標)の改善がみられたことが報告されています。(*5)
ただし、副作用として便秘やめまい、吐き気、眠気などが起きる場合があるとされています。また、適切に使用していればほとんど生じないものの、呼吸障害という重篤な副作用を起こす場合もあります。
漢方薬
変形性膝関節症に有効とされている漢方薬もいくつか存在します。
ただし、漢方薬は人それぞれの「証」(体質や身体の特徴)を診断し、その方に足りないものや悪い箇所を改善する治療です。こうした診断は漢方専門の医師でなければ難しいですので、漢方薬の処方を希望される方は漢方に詳しい医師にご相談ください。
防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)
この薬の主薬である防已には抗炎症作用があり、炎症を鎮め、痛みや腫れを改善する効果があります。
体力や筋肉が低下している、色白で汗をかきやすい、むくみやすいといった水毒(すいどく)体質の方に適した薬とされており、これらの特徴を持つ方が服用することで、変形性膝関節症の症状による膝痛を和らげる効果などが期待できます。(*6)
越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)
この薬の成分には、麻黄(まおう)と石膏が含まれていて、変形性膝関節症による局所の炎症が強い場合に適した薬です。例えば、膝関節が熱を持っていたり、膝に水が溜まっている場合、腫れや痛みの改善効果が期待できます。
中でも、変形性膝関節症の症状と合わせて、口の渇きや発汗、むくみ、尿量減少などの症状がある方には特に適しているといわれています。(*7)
臨床研究においても、変形性膝関節症の方に越婢加朮湯を投与した結果、膝の痛みや腫れ、歩行能力などにおいて改善がみられたとの報告がされています。(*7)
薏苡仁湯(よくいにんとう)
この薬の成分には麻黄と薏苡仁(はとむぎ)が含まれていて、関節の動きを良くしたり、関節の炎症による痛みを和らげる効果があります。
臨床研究においては、軽度~中等度の変形性膝関節症で、薬物療法などの保存療法を用いても3ヶ月以上症状が改善しなかった患者25例に対し、薏苡仁湯の投薬を行ったところ、全体の72%において、一定以上痛みが緩和されたとの報告がされています。(*8)
桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)
膝痛や膝の可動域制限に改善効果がある薬です。
体力虚弱や、汗は出るのに尿の出は悪い、冷え体質などの特徴がある方に適しています。
また、桂枝加朮附湯と先述にてご紹介した防已黄耆湯を併用することで、変形性膝関節症による症状が早期に解決したとの研究報告もされています。(*9)
注射
診察した際の症状の程度や診察する医師の判断によって、患部である膝関節に直接注射を行うこともあります。
変形性膝関節症の治療で行う注射としては、ヒアルロン酸注射やステロイド注射、さらにはバイオセラピー(血液などの自己組織を活用する治療)としてPFC-FD療法やASC治療が挙げられます。
ヒアルロン酸注射
ヒアルロン酸は、もともと関節液(関節内を満たしている液体)に含まれる成分で、粘性・弾力性があり、膝関節への衝撃を吸収したり、組織同士がこすれ合うことを防ぐ潤滑油としての役割を果たしています。
変形性膝関節症の方は、このヒアルロン酸が減少しているため、注射で関節に直接ヒアルロン酸を注入することで、痛みの緩和や関節の動きを滑らかにする効果が期待できます。
ヒアルロン酸注射は通常、週に1回の投与を5回連続して行います。その後もまだ痛みなどの症状が続く場合は、医師の判断のもと、ヒアルロン酸注射をその後も継続して行う場合もあります。
ヒアルロン酸注射は、副作用の少ない治療法ですが、まれに細菌感染やアレルギー反応を起こすことがあります。
ステロイド注射
膝の痛みが強く、アセトアミノフェンやNSAIDsなどの内服薬を使っても症状が改善しない場合は、ステロイド薬を関節内に注射することがあります。
ステロイド注射には非常に高い抗炎症効果が期待できます。ただしその一方で、関節軟骨の新陳代謝や骨の再生を妨げる作用もあるため、頻繁には使わない方がよいとされています。(*2) 一般的には、1回注射したら最低6週間、できれば3ヶ月程度は使わない方がいいとされ、使う回数も1~2年に2回程度に留めた方がいいとされています。
バイオセラピー① PFC-FD療法
PFC-FD(血小板由来成分濃縮物-凍結乾燥)療法は、変形性膝関節症の方自身の血液に含まれる血小板を活用した治療法です。
血小板には成長因子などが含まれており、組織の修復や抗炎症・除痛作用があるとされています。これらの成分を濃縮・凍結乾燥したものがPFC-FDであり、これを関節内に注射することで、変形性膝関節症の症状改善効果を狙ったものが、PFC-FD療法になります。
ゴルフのタイガー・ウッズ選手や野球の大谷翔平選手が怪我をした際、治療にPRP(多血小板血漿)療法を活用しましたが、PFC-FD療法はこのPRP療法を応用した治療法です。
実際に、変形性膝関節症の方で内服薬やヒアルロン酸注射などを行っても症状の改善などがみられなかった30~91歳の306名を対象にPFC-FDの注射を行い、症状・痛み・日常生活・スポーツレクリエーション活動・生活の質をそれぞれの項目で評価したところ、注射12ヶ月後にはすべての項目で改善がみられたとも報告されています。(*10)
また、変形性膝関節症の進行度(KL1:軽度~KL4:重度)別に、症状が一定以上改善した方の割合を評価した結果では、KL4に比べKL1~3の改善率が高いことが報告されており、PFC-FD療法は軽度~中等度の変形性膝関節症に、より効果を発揮することがわかっています。
PFC-FD療法のデメリットとしては、下記が挙げられます。
-
- 保険適用外の自由診療で行われる治療なので、治療費は全額自己負担。
- 治療を受ける方の血液に含まれる血小板の量や含まれる成長因子の働きによって、効果にばらつきがある。
- 比較的新しい治療法であるため、今後新たなリスクが発見される可能性がある。
バイオセラピー② ASC治療
ASC(脂肪組織由来培養間葉系幹細胞)治療は、変形性膝関節症の方自身の脂肪から採取した間葉系幹細胞を培養し、関節内注射を行う治療法です。間葉系幹細胞は、私たちの体に存在する幹細胞の中でも、軟骨への分化能(異なる細胞への変化能力)をもつ幹細胞で、ASCを投与することで、抗炎症作用や軟骨修復などの組織修復作用が期待できます。(*11)
ASC治療を行った臨床成績としては、KL2~4の変形性膝関節症の方で44~92歳の52名を対象に治療を行い、症状・痛み・日常生活・スポーツレクリエーション活動・生活の質をそれぞれの項目で評価した結果、注射6ヶ月後にはすべての項目で改善が見られたことが報告されています。(*11)
また、変形性膝関節症の進行度別に、症状が一定以上改善した人の割合を評価した結果、KL2~3の改善率が高いことがわかっており、ASC治療においてもPFC-FD療法同様、軽度~中等度の変形性膝関節症に、より効果を発揮する傾向があります。
ASC治療のデメリットとしては、下記が挙げられます。
-
- 保険適用外の自由診療で行われる治療なので、治療費は全額自己負担。
- 患部の状態などによって、期待される効果にばらつきがある。
- 比較的新しい治療法であるため、今後新たなリスクが発見される可能性がある。
PFC-FD™療法・ASC治療について、より詳しく知りたい方は、こちらのページもご覧ください。
薬物療法の注意点
薬を用いた治療の目的は、炎症を抑えて痛みを軽減することです。
薬物療法を行った結果、痛みなどの症状がわかりやすく緩和すると、変形性膝関節症が完治したように感じてしまい、運動療法など、本来治療のため継続的して行うべきことに取り組まなくなってしまう方もいらっしゃいます。しかし、こうした薬を用いた治療はあくまで対症療法であり、変形性膝関節症そのものを完治させる治療法ではありません。
変形性膝関節症になると、膝の痛みなどの症状により安静にしてしまいがちです。すると膝関節を支える筋力が落ちてしまい、膝への負担が増えてしまいます。
また、安静にしていることによる運動不足で肥満傾向になることも、膝への負担増大に繋がり、変形性膝関節症がさらに進行、どんどん体を動かさなくなってしまうという悪循環に陥ってしまいかねません。
長い目で見て変形性膝関節症の進行を抑え、症状を改善していくためには、薬物療法と並行して体重の適正な管理や適度な運動などを行うことで、膝関節への負担を減らすことが大切です。
OARSI(国際変形性関節症学会)でも、薬を用いた治療は補助的に行うことを推奨しています。(*12)
薬を使っても変形性膝関節症の痛みが改善しない場合
ここまでにご紹介したような薬物療法を行っても、一向に痛みが改善せず、生活に大きな支障が出ているような場合は、漫然と薬物療法を継続することは勧められません。
そのような方は、場合によっては脚の骨を一部切って下肢のアライメント(O脚やX脚など)を矯正し、損傷部位にかかる負担を軽減する膝周囲骨切り術(AKO:Around Knee Osteotomy)や、関節の傷んでいる部分をインプラントに置き換える人工関節置換術といった手術を検討するなど、その方に適切な治療法を検討することになりますので、その後の治療方針については医師とご相談ください。
まとめ
一定期間、内服薬などの鎮痛剤を用いても症状が改善しない場合は、注射を用いた治療など、他の治療法を検討するようにしましょう。漫然と同じ治療を続けることは避けるべきですので、効果がなかなか出ない場合は次の治療に進む段階になります。
変形性膝関節症により脚の変形が進行すると、最終的には手術をするしか治療法がなくなってしまうこともあります。そうなる前に、PFC-FD療法やASC治療などのバイオセラピーを含め、他の治療法を検討してみてください。
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※注釈
*1…Yoshimura N, et al. (2009). Prevalence of knee osteoarthritis, lumbar spondylosis, and osteoporosis in Japanese men and women: the research on osteoarthritis/osteoporosis against disability study. Journal of Bone and Mineral Metabolism. 27, pp620-628.*2…Zhang W, et al. (2004). Does paracetamol (acetaminophen) reduce the pain of osteoarthritis? A meta-analysis of randomised controlled trials. Annals of the Rheumatic Diseases. 63, pp901-907.
*3…杉山 肇ほか(2012).『名医が語る最新・最良の治療 変形性関節症(股関節・膝関節)』.法研.
*4…山田 治基ほか(2006).「変形性関節症に対する最新の薬物療法」『臨床リウマチ』18(4), pp.298-306.
*5…那須 輝夫(2012).「トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠の変形性膝関節症に対する臨床的有用性について」『日本関節病学会誌』31(4), pp499-502.
*6…鎌野俊彦(1985).「変形性膝関節症に対する防已黄耆湯について」『順天堂医学』31(4), pp570-574.
*7…杉山誠一(1997).「変形性膝関節症に対する越婢加朮湯の効果」『日本東洋医学雑誌』48(3), pp319-325.
*8…室賀 一宏,安井 廣迪(2015).「処方紹介・臨床のポイント 薏苡仁湯」『phil 漢方』57, pp14-15.
*9…下手 公一ほか(2002).「変形性膝関節症に対する防已黄善湯と桂枝加苓血附湯併用治療の試み」『Journal of Traditional Medicines』19, pp148-152.
*10…大鶴 任彦ほか(2020).「変形性膝関節症に対するBiologic healing専門クリニックの実際とエビデンス構築」『関節外科』39(9), pp.945-954.
*11...桑沢 綾乃ほか(2020).「変形性膝関節症に対する再生医療を利用した保存療法の実際-PRP・間葉系幹細胞・セルフリー療法-」『臨床スポーツ医学』37(7), pp.843-851.
*12…小俣 孝一(編)(2020).『ひざ痛 変形性膝関節症 ひざの名医15人が教える最高の治し方大全 聞きたくても聞けなかった137問に専門医が本音で回答!』.文響社.