取材先の医師とクリニック
人工膝関節置換術に用いられるロボット支援手術システムとは
近年、人工膝関節置換術にロボット支援手術システムを導入する医療機関が増えてきました。2019年には、ロボット支援手術システムを使用した人工膝関節置換術が公的医療保険に適用され、手術にロボットを導入する医療機関はますます増えてきています。
この人工膝関節置換術とは、主として変形性膝関節症(へんけいせいひざかんせつしょう)という膝の軟骨や骨がすり減り関節が変形する疾患に対して、傷んだ軟骨や骨を金属や超高分子量ポリエチレンで作られた人工関節に置き換える手術です。
そして人工膝関節置換術におけるロボット支援手術システムとは、手術の際に術者(医師)をロボットで支援する技術のことです。主にドリル(ドリルバー付きハンドピース)、赤外線カメラ、モニターなどで構成されています。人工膝関節置換術ではロボット支援手術システムを用いることで、使用しない場合に比べて、より正確な人工膝関節の設置が期待できます。
当院(取材先:一宮温泉病院)でも、2019年4月〜2021年10月まではSmith & Nephew社のNAVIOを、2021年11月〜はNAVIOの次世代機であるCORIを活用しています。
システムの特徴
ナビゲーションシステム、およびその応用技術
人工膝関節置換術のロボット支援技術におけるナビゲーションシステムとは、車のカーナビのように術者である医師をサポートする位置計測システムです。赤外線カメラ及び赤外線反射マーカーを利用することで、3次元位置計測を行います。
Smith & Nephew社のロボット支援手術システム“NAVIO”や“CORI”には「プローブ」という、赤外線マーカー付きの機器が付いています。手術の際はこのプローブで軟骨を含む関節面をなぞることで、関節面の形状を精密にロボット支援手術システムに登録(マッピング)することができます。
さらに患者の膝を曲げ伸ばしする他動運動(第三者や器具のサポートによって行う運動)を行いながらこの赤外線センサーを用いた計測をすることで、膝関節内に位置する繊維束である“靭帯”の緊張度を登録することも可能です。これによりX線では見えない靭帯、筋肉や腱の形や位置、動きのバランス(軟部組織バランス)などを計測することができるようになり、医師がより正確に関節内の状況を把握することをサポートします。
これらの計測結果をもとに、骨の掘削を行う際には、モニター上に掘削を行う場所が紫、緑、青の3色で表示され、掘削が完了した部分については白色に変化するというように、どこを削ればいいのかをロボット支援手術システムが視覚的に案内してくれるので、人工膝関節置換術の精度が向上します。
骨を削る場所をロボットが制御
ロボット支援手術システムには、骨を削るサージカルドリルの回転数とドリルの刃先の位置を制御する機能も付いています。
骨を削る際、掘削すべき箇所にドリルを持っていくと、ドリルバーは自動的に回転し、骨の掘削を開始します。そしてドリルの回転、停止、回転速度はロボットにより制御されます。削る予定ではない場所にドリルの刃先が向かった場合、ドリルの回転を止めたり、刃先をガードの中にしまうことで、削るべきでない骨を削らないように制御します。
特に現在当院(取材先:一宮温泉病院)でも活用しているNAVIOの次世代機であるCORIでは、損傷した骨軟骨面をドリルにて掘削する際、削るべきでない骨を削らないよう、より正確に制御することができるようになってきています。
ロボット支援手術システムのメリット
人工膝関節置換術において、ロボット支援手術システムを用いることでどのようなメリットがあるのでしょうか?
次項より、ロボット支援手術システムを使用するメリットについてご紹介します。
手術の精度向上
人工膝関節置換術でロボット支援手術システムを使用するメリットとして、まず手術の精度向上が挙げられます。
人工膝関節置換術を行うにあたっては、膝関節の軟骨や骨を削る必要がありますが、熟練医師でもその誤差範囲は削る厚さは3mm、角度は3°以内といわれています。しかし、NAVIOやCORIといったロボット支援手術システムを用いることで、誤差範囲は厚さ0.1mm、角度は0.1°以内に抑えることが可能です。
人工膝関節の設置精度は、術後の長期成績や日常生活動作、長期にわたる人工膝関節の耐久性に影響するといわれており(*1)、ロボット支援手術システムを用いて安定的に高い精度での手術を行うことで、患者の術後満足度の向上が期待できます。
手術時間の短縮
ロボット支援手術システムを用いて人工膝関節置換術を行うことで、手術時間の短縮も見込めます。
術者がロボット支援手術を使い始めたばかりの段階では、手術時間は通常ロボット支援を用いない場合より時間がかかってしまうことがわかっています。しかしロボット支援手術にはラーニングカーブが存在し、医師が手術件数をこなしロボット支援手術に慣れていくことで、手術時間の短縮が見込めるのです。(*2)
NAVIOを用いた人工膝単顆置換術(UKA)においては、手術件数5件目以降で手術時間が44%短縮したとの報告もされています。(*3)
人工膝関節置換術では、手術による切開部を早く止血し、出血量を抑えることで身体への負担を軽減することができます。(*4) そのため、ロボット支援手術システムを用いて手術時間を短くすることは身体への負荷を軽減するという面で大きなメリットと言えるでしょう。
手術時間が短縮されることで、術中の駆血(血を止める時間)も短く済むため、患者の身体への負担を軽減することができます。その結果、術後の回復も早くなりやすく、入院期間の短縮も見込めます。
術後の満足度向上
ロボット支援手術システムを用いることで、術中に膝の状態を確認することができるため、人工膝関節設置の精度の向上が見込めます。そして人工膝関節の設置精度が向上することで、術後の膝の痛みや違和感の軽減も期待できます。
また、手術後の膝関節を安定させるためには、関節の支持と運動に欠かせない軟部組織(筋肉や腱、靭帯など)の緊張がバランス良く保たれていることが重要です。(*5) この軟部組織の緊張のバランス(軟部組織バランス)が適切に保たれていない場合、膝関節が不安定になり、人工膝関節にストレスがかかり、ポリエチレンの摩耗や人工膝関節と骨の間に緩みが生じるリスクが高くなってしまいます。
ロボット支援手術システムではこの軟部組織バランスも適切に保たれるようデータを取り、制御しますので、術後の痛みや違和感を軽減し、術後の患者満足度向上にも繋がります。
前十字靭帯の温存が可能
ロボット支援手術システムを使用することで、前十字靭帯を温存できる可能性が従来より高くなることもメリットのひとつです。これまでの人工膝関節置換術では、前十字靭帯を切除するケースがほとんどでした。しかし前十字靭帯を切除してしまうと、術後に膝を捻る際の不安定性・不安感が増しやすく、階段の下降や軽い運動などに支障をきたしたり、術後、膝に違和感を感じやすくなります。これは従来のロボット支援手術システムを用いない手術では、良好な軟部組織バランス(筋肉や腱、人体などの軟部組織の緊張のバランス)を取ることが難しいためです。
そしてこの人工膝関節置換術における前十字靭帯の切除が、患者の術後満足度を低下させる要因の一つとも言われています。
ロボット支援手術システムNAVIOやCORIでは、軟部組織バランスを定量的に計測できるようになったことで、従来より多くのケースで前十字靭帯を温存できるようになり、術後の膝の安定性が再現されやすくなります。
人工膝関節の長寿命化
ロボット支援手術システムを用いることで、人工膝関節の長寿命化にも繋がります。
人工膝関節の耐用年数は、平均20年といわれており、人工膝関節の機能が低下すれば再手術が必要になります。(*4) ロボット支援手術システムを用いた人工膝関節置換術では、より正確に人工膝関節を設置(*6)することで人工関節と骨との密着性を向上させ、摩耗や緩みなどが生じにくくし、再手術のリスクを低減することが期待されます。(*7)
人工膝関節置換術のロボット支援手術システムについて まとめ
人工関節置換術において、術後の患者満足度は人工股関節置換術が約90%であるのに対し、人工膝関節置換術は約80%と、約10%の隔たりがあります。これには多くの要因がありますが、その中のひとつとして、人工膝関節置換術においては、良好な軟部組織バランス(筋肉や腱、人体などの軟部組織の緊張のバランス)の獲得の難しさが挙げられます。
人工膝関節置換術の成功の鍵は、①正確な骨切り、②正確なインプラントの設置、③良好な軟部組織バランスの獲得です。①正確な骨切りと②正確なインプラントの設置は、ナビゲーションシステムやCT、MRIによる三次元的な術前計画などにより、正確性が改善されてきました。これに対し③の良好な軟部組織バランスの獲得に関しては、術者の技量に委ねられる形になっていました。
しかし、NAVIOやCORIといったロボット支援手術システムを活用すれば、患者個々の軟部組織バランスを定量的に計測しながら手術を行えるようになります。
人工膝関節置換術の成功の鍵である①正確な骨切り、②正確なインプラント設置に加えて、③良好な軟部組織バランスを定量しながら手術を行えるロボット支援手術システムは、バージョンアップを繰り返しながら症例数を増やし、性能も日々改善されてきており、今後のさらなる発展が期待できます。
※注釈
*1…森田 稔也ほか(2018).「小皮切による人工膝関節置換術でpatient specific instrumentationを用いた際の骨切り精度の検討」『中部日本整形外科災害外科学会雑誌』61(5), pp1089-1090.
*2…金子 卓男ほか(2020). 「クリニカルクエスチョン ロボット支援 TKA は術後成績を改善するか?(特集 ロコモ対策における人工膝関節置換術)」『 Loco cure= ロコキュア: 運動器領域の医学情報誌』6(3), pp250-257.
*3…Simons, M., & Riches, P. (2014, July). The learning curve of robotically-assisted unicondylar knee arthroplasty. In Orthopaedic Proceedings (Vol. 96, No. SUPP_11, pp. 152-152). The British Editorial Society of Bone & Joint Surgery.
*4…藏本 孝一ほか(2007).「人工膝関節置換術におけるロボット技術の適用」『精密工学会誌』73(5), pp520-523.
*5…川久保 誠(2000).「人工膝関節関節置換術における軟部組織バランスの評価法:コンピュータを用いた術中モニターリング」『歯科学報』100(10), pp962-970.
*6…Kaneko, T., et al. (2021). Robotic-assisted total knee arthroplasty improves the outlier of rotational alignment of the tibial prosthesis using 3DCT measurements. The Knee, 31, pp64-76.
*7…杉本 真樹(2020).「XR(Extended reality:VR・AR・MR)とテレプレゼンスによる遠隔医療・手術ナビゲーション・ロボット支援手術」『日本コンピュータ外科学会誌』22(3), pp159-163.
※参考文献
*…赤木教授インタビュー|近畿大学病院 人工関節センター.
https://www.med.kindai.ac.jp/ortho/kinkdai-knee/news.html