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変形性膝関節症について
変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)とは、主に加齢とともに膝関節の軟骨がすり減ることにより、膝に痛みが生じたり、変形してしまう疾患です。その原因は加齢以外にも、肥満や骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などの生活習慣病、ホルモンの影響などが複合的に関係しているといわれています。
日本における変形性膝関節症の患者数は、約2530万人にものぼると言われており、60歳以上の有病率は男性で45%、女性では70%にもなるとされています。(*1) このように変形性膝関節症は、決して他人事ではない身近な疾患です。
症状としては、初期の段階でまず歩き始めや立ち上がる動作などの際に、膝関節に痛みが生じますが、経時的に消失することが多いです。しかし症状が進行していくと、歩き始めだけでなく歩行時にも痛みが伴うようになり、歩行距離も短くなっていきます。(*2)
また、人にはもともと下肢の生理的アライメントといって、「O脚」や「X脚」、「まっすぐ」といった脚の配列の種類があります。下図から分かるように、荷重の軸が膝の内側に向かえば内側荷重、外側に向かえば外側荷重になります。
加齢、肥満、膝の酷使などにより、内側荷重もしくは外側荷重となることで、膝の内側もしくは外側に荷重が集中してしまい、負荷を受けた側の膝軟骨は摩耗していきます。
このような理由から、まっすぐだった脚が知らないうちにO脚になるといった具合に、O脚やX脚の変形が進み、変形性膝関節症が進行していきます。
変形性膝関節症の手術方法
変形性膝関節症の治療法は、大きく保存療法と手術療法の2つに分けられます。
保存療法では、薬を使って痛みを和らげる薬物療法や、運動によって脚の筋肉を鍛え、膝関節への負担を軽減させる運動療法などがよく用いられます。
ある程度の期間、保存療法を行ってもあまり効果を実感できない方や症状が悪化してきた方、日常生活に大きな支障が出ている方などは、手術療法を検討することになります。
ここからは、変形性膝関節症の手術方法にはどのようなものがあるのかご紹介します。
関節鏡視下手術
関節鏡とは、細い管の先にライトと小型カメラがついた関節用の内視鏡です。
関節鏡視下手術(かんせつきょうしかしゅじゅつ)は、膝の一部を切開して関節鏡を挿入し、関節内遊離体や半月板、軟骨の処置などを行う治療法です。
関節内遊離体の処置
関節内遊離体とは、関節内の軟骨や骨のカケラのことで、怪我や変形性膝関節症などの疾患により軟骨や骨の一部が剥がれることで生じます。この関節内遊離体が関節に挟まると激痛が生じたり、関節の可動域(曲げ伸ばしできる角度)が狭くなったりする「ロッキング」という状態になってしまう場合があります。
関節鏡視下手術で関節内遊離体を取り除くことで、このような膝痛やロッキングといった症状の解消が見込めます。
半月板の処置
膝関節には半月板(はんげつばん)という軟骨組織が存在し、関節を安定させる・関節の動きを潤滑(滑らかに動かす)にする・関節にかかる負荷を分散させるといった役割を持っています。
半月板を温存することは、治療上大事なことは言うまでもありません。しかし、編成した半月板を縫合することは、将来再断裂の可能性があります。患者自身の症状が軽度であれば、画像上半月板の断裂があろうがそのまま放置する選択もあります。また、半月板を縫合してでも治療したい場合は、後述する骨切り術の併用も考慮しなくてはなりません。
半月板の断裂形態には縦断裂、フラップ断裂、横断列や水平断裂があります(下図参照)。
変形性膝関節症では、これらの断裂形態が複数認められることが多く、このことが治療を難しくしています。ただし、症状の強い縦断裂やフラップ断裂が半月板切除のいい適応になります。断裂した半月板が動いて関節に挟まれ、ロッキングを起こしてしまうような症例が対象になります。
このようなケースでは、半月板から離れて動いてしまっている部分を関節鏡視下手術によって切除するだけで、症状を解消することができます。
軟骨の処置
軟骨が剥離し、それが関節内でロッキングを起こしていたり、礫音(れきおん)の原因になっているなら、切除の適応があります。ただし病変が小さければ問題ありませんが、広範囲の場合は、根治することはできません。
軟骨の損傷がひどい場合は、自家骨軟骨移植や自家培養軟骨移植、マイクロフラクチャー(軟骨から骨まで貫通した2mm程度の小さな穴をあけ、骨由来の間葉系細胞を出させることで治癒を促す治療法)を行うこともあります。ただし軟骨の処置を行う場合、術後は2~4週間程度入院し、安静にしながらCPM(continuous passive motion)という膝の曲げ伸ばしを自動でしてくれる機械を使ったリハビリなどを行うことが望ましいです。そのため、長く入院することが難しい状況の方には、この治療法は適しません。また半月板の治療と同様に、骨切り術の併用が必要になることもあります。
半月板や軟骨の処置に関して、鏡視下手術だけで、治療することは困難なことが多いです。治療にあたり、よく主治医と相談してから決めるのが肝要です。
骨切り術
骨切り術は、膝の変形(O脚やX脚)が悪化して膝の痛みがひどい場合や歩行が困難な場合に、脛骨や大腿骨の一部を切って脚のアライメント(骨や軟骨などの並び)を矯正し、症状を和らげる方法です。
先にも少し触れた通り、変形性膝関節症により膝の変形が悪化すると、体重のかかる部分が膝の中央ではなくなり、荷重が集中した膝の内側や外側の軟骨が傷んできます。そこで骨切り術では、脛骨や大腿骨の一部を切り、膝の変形程度に合わせて脚の骨に角度をつけることで、荷重のかかる位置をO脚の症例では膝の外側に、X脚の症例では膝の内側に戻すように調整します。(*3)
骨切り術の種類
骨切り術にはいくつか方法がありますが、主なものとしてはオープンウェッジ法、クローズドウェッジ法の2つが挙げられます。
オープンウェッジ法は、脛骨の内側から直線状に切れ込みを入れ、切った部分を広げて人工骨を入れる方法です。最近では40代の若い方に対しても、オープンウェッジ法の骨切りを行うことが多くなってきています。それに対しクローズドウェッジ法は、脛骨の外側から骨を楔(くさび)状に切り取り、切り取った断面を合わせる方法になります。
現在骨切り術で最も多く実施されている手法はオープンウェッジ法で、クローズドウェッジ法は脛骨に切れ込みを入れる際、長さ調整のために脛骨の外側ある腓骨(ひこつ)も一緒に切らなければならないのに対し、オープンウェッジ法では腓骨を切らずに済むため、侵襲(しんしゅう:手術による傷など、身体の内部環境を乱す可能性のある刺激のこと)が少なく済みます。
ただし、オープンウェッジ法で骨に入れた切れ込みを広げる角度には限界がある(12°程度まで)ため、膝関節の変形が著しい場合はクローズドウェッジ法が採用されたり、大腿骨と脛骨の2ヶ所で骨切りを行う(DLO:Double Level Osteotomy)方法が取られることもあります。
また、骨切り術を行う際、軟骨に損傷が認められた場合には軟骨移植を、半月板が損傷しているとわかった場合には半月板の縫合や切除を同時に行うこともあります。
骨切り術では、自分の骨を残しておくことができるため、膝の曲げ伸ばしは以前と同じようにできるようになりますし、激しい運動などの動きにも制限がかかりません。肉体労働やスポーツをすることも可能です。そのため、40~50代の比較的若い年齢層や、術後に仕事やスポーツを積極的に行いたいという方に適した治療法になります。
しかしデメリットとして、入院期間が長く(3~6週間程度)、切った骨の部分が治癒するまでに時間がかかること、その間リハビリが必要であること、骨切りした部分の痛みが取れるまでに数ヶ月かかることが挙げられます。
また、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の方や筋力が衰えている方、両膝とも傷んでいる高齢者の方などには適さない方法ですので、このような条件に当てはまる方は、人工膝関節置換術を行う場合もあります。
人工膝関節置換術
人工膝関節置換術は、変形性膝関節症などによって変形した関節を人工関節に置き換える手術方法です。人工関節は骨の表面を置き換えるコバルトクロム合金やチタン合金などの金属と、クッションの役割を果たす超高分子量ポリエチレンでできています。
膝関節の骨は、大腿骨、脛骨、膝蓋骨(しつがいこつ)の3つで構成されています。人工膝関節置換術では膝の前面を切開し、傷んだ大腿骨や脛骨、膝蓋骨の表面を切除して(膝蓋骨は切除しないこともあります)金属に換えます。大腿骨と脛骨が接する面は、超高分子量ポリエチレンを挿入し、金属が擦り減らないようにして動きを滑らかにします。
人工膝関節置換術には、関節全体を換える全置換術と、部分的に換える部分置換術があります。
全置換術に比べて部分置換術が優れている点として、
- 手術の創(傷)が小さい(部分置換術は7〜8cm、全置換術は10〜12cm)
- 手術時間が短く、出血も少ない
- 術後の痛みが少ない
- 靭帯を切らないため、膝がよく曲がり自然に近い動きとなる
などが挙げられます。
従って部分置換術は全置換術と比較して、身体にかかる負担が少なく済みますが、変形が進行して関節全体に及んでしまうと全置換術の適応となります。
人工膝関節置換術の術後は、早ければ翌日から歩行が可能で、ショッピングや旅行はもちろん、重労働や軽い運動もできるようになります。
ただし、激しい運動は避けたほうがいい点や、15~20年程度で再手術が必要になる可能性があること、術後に血栓や細菌感染などの稀な合併症が起こりうることも理解しておかねばなりません。
人工膝関節置換術後に歯の治療を行った際、口の中の細菌が血液中に入り人工関節の細菌感染を起こしたという例もあります。人工膝関節置換術を行う前には歯医者で検診を行い、虫歯や歯槽膿漏がある場合は事前に治療を済ませておくことも大切です。また、術後に歯の治療を行う場合も、事前に主治医に相談しましょう。
ただし近年の手術手技や手術機器の進歩もあり、術後感染のリスクはそれほど高くありません。日本整形外科学会学術研究プロジェクト調査で報告された日本における初回人工関節置換術の手術部位感染発生率は1.36%(9882例中134例)となっています。(*4)
人工膝関節置換術は主に65歳以上の高齢者が対象ですが、膝の変形や症状が進行し日常生活や仕事にも支障がある方には、年齢によらず適した手術方法になります。
人工膝関節置換術の痛みについて
人工膝関節置換術による出血や術後の痛みについて不安を感じている方も多いようですが、近年は麻酔の進歩により、手術中の出血や術後の痛みが軽減されています。
全身麻酔にて手術中の血圧を低くコントロールすることにより、術中の出血が減り、輸血の必要もほとんどありません。また痛みを感じる神経の周りに細いチューブを留置し、持続的に麻酔薬を入れる末梢神経ブロック法を用いるため、術後の痛みが少なく、術後の早い段階で動くこともできるようになりました。
手術を行うことのメリット・デメリット
手術を行うことのメリット・デメリットについては、ここまでの説明でもお分かりいただけるように、それぞれの手術方法によって異なります。
下記にて、手術方法ごとのメリット・デメリットについて表にまとめましたので、参考にしてみてください。
手術を行うタイミング
リハビリや注射などの保存療法を数ヶ月以上続けても症状が改善せず、膝の痛みや変形が悪化しているような場合に手術が検討されます。手術を決める場合には、膝関節の専門的な医師による診察はもちろんのこと、レントゲンのみならずCTやMRIなどを用いた詳しい画像診断も必要となります。
膝の痛みや動きにくさなどの症状、膝関節の変形の度合いからみた治療法の目安については、下記の図も参考にしてみてください。
本人の意思や年齢、生活環境などによっても最適な手術方法は異なります。手術方法を検討する際には、膝関節の専門的な医師とよく相談し、ご自身が疾患や自分自身の状態、それぞれの手術方法のメリット・デメリットについてよく理解した上で選択することが大切です。
新しい治療の選択肢「バイオセラピー」
バイオセラピーとは、人の血液や細胞を利用して治療を行う方法です。
これまで変形性膝関節症の治療を行うためには、膝の変形の程度や年齢、生活の活動度など、多くのことを考慮し、ここまでご紹介してきた保存療法か手術療法を選択することが一般的でした。しかし、中には「保存療法ではあまり効果が実感できないけれど、手術を受けるのは怖い」と感じる方も少なくありません。
そのような変形性膝関節症患者様向けの新しい選択肢として活用され始めているのが、再生医療である「ASC治療」や再生医療技術を応用した「PFC-FD™療法」といったバイオセラピーです。
これらバイオセラピーは、
- 保存療法では効果が得られなかったけれど、手術には抵抗がある方
- 手術を受けるまでの時間をできるだけ伸ばしたい方
- 自身の健康状態や家族の介護など、様々な理由から手術を受けることができない方
- 一度の注射で効果を持続させたい方
などが対象となります。
PFC-FD™療法は、自身の血液に含まれる血小板の成長因子(コラーゲンの産生や創傷の治癒、細胞分裂などを促進するたんぱく質)を活用した治療法で、ASC治療は、患者の脂肪由来の幹細胞を活用した治療法です。幹細胞とは、脂肪や骨、神経などさまざまな細胞に分化できる「多分化能」と、自分の複製を作り出すことができる「自己複製能」をもつ細胞のことをいいます。
いずれの治療も原則入院は不要で外来で受けることができます。施術後は運動療法を併せて取り入れることが推奨されており、リハビリ指導も受けていただくことが望ましいです。
それぞれの治療法について詳細を知りたい方は、下記ボタンから詳細な説明をご覧になれます。
これらの治療を検討したいという方は、下記ボタンからバイオセラピーを活用している医療機関を探すことが可能です。変形性膝関節症の治療では、まずは医師に相談して進行度に応じた治療を行うことが重要です。どのような治療を選択すればいいかわからない、どのような治療法があるのか知りたいという方も、ぜひ医療機関にてご相談ください。
変形性膝関節症でお悩みの患者さまへ
先にも述べたように、変形性膝関節症の治療、特に手術においては、手術法ごとのメリット
・デメリットがあり、患者様の年齢やニーズも様々です。医師とよく相談して、複数の選択
肢の中からその方に最も適した手術を行うことが大切です。
変形性膝関節症による膝痛でお悩みの方は、全ての手術や治療法に精通した専門的な医師が
いる病院を選んで治療を受けていただきたいと思います。
※脚注
*1…Yoshimura N, et al. (2009). Prevalence of knee osteoarthritis, lumbar spondylosis, and osteoporosis in Japanese men and women: the research on osteoarthritis/osteoporosis against disability study. Journal of Bone and Mineral Metabolism. 27, 620-628.
*2…「変形性膝関節症の診断と治療」理学療法科学20(3): 235-240, 2005 立花 陽明
*3…「変形性膝関節症と手術療法」順天堂醫事雑誌59(2): 171-177, 2013 金 勝乾
*4…「TKA術後感染の治療戦略―感染の予防と診断―人工関節置換術後感染の疫学―日整会学術研究プロジェクト調査より」関節外科29(1): 10-14, 2010 正岡 利紀 et al.
*5…「変形性膝関節症に対する骨切り術の小経験」整形外科と災害外科21(1): 87-90, 1972 鳥巣 岳彦 et al.