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ベーカー嚢腫(のうしゅ)とは
ベーカー嚢腫(のうしゅ)は、膝の裏にある滑液包(かつえきほう)という組織が炎症を起こし、膨らんでしまう疾患です。
関節の周囲には滑液包(かつえきほう)と呼ばれ、液体が詰まった小さな袋が多数存在します。滑液包は腱や靭帯の周囲に存在して摩擦を減らすことで関節組織を滑らかに動かす役割を果たしています。
この滑液包に何らかの原因で液体が溜まってしまうことが、ベーカー嚢腫の原因と言われています。病名は1877年にベーカーという人物によって膝の裏に液体が溜まってしまう病気が報告されたことが由来です。
このベーカー嚢腫はサイズが小さいものであれば問題ありませんが、ときに大きくなり周囲の組織を圧迫することで、膝の動きを阻害したり、膝の裏が痛む原因になることがあります。大きいベーカー嚢腫は握りこぶし大の大きさとなり、皮膚の上からでも卵ほどの膨らみが見て取れます。
発症の原因
ベーカー嚢腫の原因はいくつかあります。ここでは代表的な原因をご紹介します
膝疾患の合併症
成人に発生するベーカー嚢腫は、9割以上が変形性膝関節症、関節リウマチ、半月板損傷、痛風、血清反応陰性脊椎関節症など、膝関節の病変を合併していると報告されています。
そのため、ベーカー嚢腫を外科的に切除しても、根本となっている膝関節内の病変が治癒しない限り症状が再発することが多く、膝関節内の病変が治癒すると、自然とベーカー嚢腫は軽快します。
いずれの疾患も炎症に伴い膝にもとから存在する関節液が必要以上に溜まってしまいます。このとき、膝関節の関節包が膝の裏と繋がっている場合には膝の裏に関節液が貯留してゆきます。なお、関節内から膝裏へは水が流れやすいものの、逆方向には流れにくい構造になっていることが多く、一度膝裏に水が入ってしまうと溜まっていく一方となり、結果、ベーカー嚢腫となります。
ベーカー嚢腫の多発原因である変形性膝関節症とは
変形性膝関節症はベーカー嚢腫の最も一般的な原因という報告もあり(*1)、併発している事例が多くあります。
変形性膝関節症の原因は様々ありますが、主に「加齢」により発症すると言われています。膝周辺の筋力が落ちることにより膝関節への負荷が増え、軟骨のすり減りが進み発症します。
また、ベーカー嚢腫を伴う変形性膝関節症患者は痛みの程度が増加するという調査結果もあり、これら2つの疾患は相互に関わり合っていると言えます。(*2)
先述したとおり、ベーカー嚢腫の根本的治癒のためには、引き起こしている元々の疾患を治療することが大切です。
どのくらい進行しているか、また個人差により違いはありますが、変形性膝関節症の場合、以下のような症状があらわれます。
・起床時や立ち上がり時など、動作を始めるときに膝が痛む
・階段の上り下りで膝が痛む
・膝の曲げ伸ばしが満足にできない
・膝が腫れている
もしご自身にベーカー嚢腫の症状もあり、変形性膝関節症の可能性がある方は、下記の医師監修による最新の記事をご覧ください。
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また、変形性膝関節症の治療については、注射だけで完結する自己血液を用いた再生医療関連技術で治療することが可能です。(適正については医師による最終的な判断が必要です)
治療に興味がある方は、コチラの特集ページで詳しくご紹介しております。
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膝の使いすぎ
膝に過剰な負担がかかることでもベーカー嚢腫になることがあります。
ランニングやサイクリングで膝の曲げ伸ばしをしすぎると、膝裏の腱と腱が擦れて炎症を起こし、滑液包に炎症が生じます。このように膝の使いすぎ(オーバーユース)が原因でベーカー嚢腫になった場合には運動を減らし、安静にすることでベーカー嚢腫は自然に軽快することがあります。
ベーカー嚢腫の症状
不快感や痛み
初期の症状では膝裏の違和感や不快感にとどまることが多いとされ、この段階では見過ごされてしまうことも少なくありません。
症状の進行に従い、膝の裏側に痛みを感じたり、膝を曲げる時に圧迫感を感じることがあります。とくに正座に支障をきたすことが多く、痛みや異物感によって正座動作を始めとした膝を深く曲げる動作が困難になる、可動域制限が生じることがあります。
しびれ
膝裏には“坐骨神経(ざこつしんけい)”という足先へと通る神経が存在します。
ベーカー嚢腫が進行し、サイズが大きくなることでこの神経を圧迫してしまい、膝から下にしびれを感じることもあります。
ふくらはぎの張りと痛み
まれに、大きくなりすぎたベーカー嚢腫が破裂することがあります。膨らみすぎた嚢腫が、なんらかの圧力がかかった拍子に破裂するのです。
その場合、ベーカー嚢腫の中に溜まっていた関節液がふくらはぎの筋肉間に入り込み、ふくらはぎ全体の腫脹(腫れ)と強い痛みをもたらします。“深部静脈血栓症”というふくらはぎの血栓に類似した症状を呈します。
この症状がベーカー嚢腫の破裂によるものであれば、経過観察で症状は軽快してゆきますが、もし深部静脈血栓症が原因の場合には血栓が移動して肺などの器官内で詰まると命に関わる状態となります。疑わしければ速やかに病院にかかるようにしましょう。
診断と検査
ベーカー嚢腫が疑われる場合、診察にて問診、視診、触診を行います。それでも判断が難しい場合や、他の疾患との鑑別(かんべつ:見分けること)する場合、嚢腫の広がりを確認する場合など、必要に応じて超音波検査、MRI検査を実施することもあります。
ベーカー嚢腫の治療法
ベーカー嚢腫があったとしても、無症状やサイズが大きくない場合には経過観察を行います。ただし、ベーカー嚢腫が大きくなり、症状が出る場合には治療を行います。
穿刺(せんし)
まず始めに行う基本的な治療は針を刺して水を抜く処置で、これを「穿刺(せんし)」といいます。ベーカー嚢腫は関節液が溜まった袋状の組織ですので、針を刺して中の水を抜けば大きさは小さくなり、膝裏の症状が改善します。
ただし、ベーカー嚢腫は再発しやすく、再び水が溜まってくることがあります。再発を繰り返す場合には、穿刺した後に炎症を抑えるステロイド剤を注射することもあります。
手術
ベーカー嚢腫が巨大で神経症状(下肢の痛みやしびれ)や血管症状(血管を圧迫することによる下肢の痛み)を伴う場合や、何度穿刺を行ってもすぐに再発してしまうような場合には、手術によって嚢腫を摘出する方法を選択します。
皮膚を大きく切開して、直接ベーカー嚢腫の袋を切除し、関節腔との交通路を切除する方法や、関節鏡を用いて嚢腫を切除する方法があります。
手術によりベーカー嚢腫を摘出すれば、根本的に関節液が溜まって腫れる原因を除去できるため、再発率は低くなります。
まとめ
ベーカー嚢腫は整形外科の日常の診察でも比較的よく目にする疾患です。大きさが小さければ経過観察で十分ですが、大きくなると膝の動かしにくさや、神経血管症状(下肢の痛みやしびれ)を起こすことがあり、その場合は穿刺や手術を行います。膝裏が腫れる原因には、ベーカー嚢腫以外にもガングリオン、脂肪腫などの病気がありますので、整形外科で診察を受けてください。
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※注釈
*1…Ultrasound guided percutaneous treatment and follow-up of Baker’s cyst in knee osteoarthritis – Mert Köroğlu, Mehmet Çallıoğlu, Hüseyin Naim Eriş, Mustafa Kayan, Meltem Çetin, Mahmut Yener, Cemil Gürses, Bekir Erol, Barış Türkbey, Ayşe Eda Parlak, Okan Akhan(2012)
*2…Clinical and ultrasonographic findings related to knee pain in osteoarthritis – E. de Miguel Mendieta, T. Cobo Ibáñez, J. Usón Jaeger, G. Bonilla Hernán, E. Martín Mola. Volume 14, Issue 6, June 2006, Pages 540-544
※参考
…「腓骨神経麻痺を呈した膝窩嚢腫の1例」整形外科と災害外科 67巻(2018)1号 原 光司 et al.
…「総腓骨神経刺激症状を呈した膝窩嚢腫の一例」整形外科と災害外科57巻(2008)4号 田原 隼 et al.
…「ベーカー嚢腫破裂と下肢静脈血栓症の鑑別」静脈学23巻(2012)3号 松本 春信 et al.
…A Popliteal Cyst Responsible for Acute Lower Limb Ischemia Salomé Kuntz et al.