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膝蓋腱炎(ジャンパー膝)とは
「膝蓋腱炎(しつがいけんえん)」とは、“ジャンパー膝”とも呼ばれ、主に膝の前面が痛むスポーツ疾患です。
名前のとおり、ジャンプやダッシュのような膝の曲げ伸ばし動作を頻繁に繰り返すことなどにより、膝蓋骨(膝のお皿の部分)の腱(*)が損傷し、膝前面の痛みを引き起こします。日常的にスポーツを行う10代~30代の若い世代に多く見られる疾患です。
元サッカー日本代表の内田篤人選手も膝蓋腱炎を患い、2015年に手術を受けられました。日常的にハードなスポーツを行う人には珍しくない疾患とも言えるでしょう。
*筋肉、腱、靱帯の違い
筋肉 ・・・伸びたり縮んだりして骨を引っ張り関節を動かす役割
腱 ・・・骨と筋肉をつなぐ役割
靱帯 ・・・骨と骨をつなぎ、関節を安定させる役割
症状
特徴的な所見
運動時に膝の前面に痛みを感じることが特徴です。膝蓋骨(膝の皿)の周辺、とくに膝の皿のすぐ上か下の柔らかい部分を手で押すと痛みを感じる場合があります(圧痛)。
片方の膝で発症した場合、もう片方の膝も診察してみると膝蓋腱炎になっていたり、もしくは両膝とも痛む、ということもあります。
痛むタイミング
膝蓋腱炎(ジャンパー膝)はスポーツにおいて、あくまでも目安ですが、その重症度を下記の4段階に分類することができます。
- 1:運動後に痛みのみが出現し、スポーツや日常動作に影響の無いもの
- 2:運動の前後に痛みがあらわれるが、スポーツには支障がないもの
- 3:運動中に痛みがあらわれ、スポーツのパフォーマンスに支障をきたしているもの
- 4:膝蓋腱に断裂を認めるもの
とくにスポーツ活動に注力している方であれば、3から意識的に問題を感じるかもしれませんが、1や2の段階で一定期間スポーツ活動を休んで安静にしたり整形外科で治療を受けることが望ましいでしょう。
また、日常的に激しい運動をせず、週に数回走る、もしくは健康を考えてランニングを始めた、という方でも生じることがあります。筋肉・腱が固くなっているのに突然運動を始めるとそのような状態になる場合もありますので、後段でご紹介するストレッチを運動の前後に取り入れることで予防が期待できますし、もし痛めた場合はしばらくは無理せず休みましょう。
疾患の怖さ
膝蓋腱炎は上述したように痛みのフェーズがありますが、「スポーツができないわけではない」というケースもあろうかと思います。ですが、その点がこの疾患の怖さでもあります。
スポーツマンの方は痛みを気にして、または痛む膝をかばおうとしてパフォーマンスが低下してしまう、という事態に繋がります。通常は十分な休息をとれば重症化はしないことが一般的ですが、選手のように毎日トレーニングに励んでいる場合には重症化してしまい、冒頭にご紹介した元プロサッカー選手の内田篤人さんは、結果として639日間離脱することとなりました。
スポーツに打ち込んでいるほど、「故障によってレギュラーを外されてしまう」といったリスクを恐れてなかなか痛みを申告できないケースもあります。ですが、放置すれば選手生命そのものをおびやかしますので、可能であれば速やかに整形外科を受診し、膝蓋腱炎(ジャンパー膝)と診断されれば一旦まとまった休息と治療を受けるべきです。
好発部位
膝蓋骨、つまり”膝の皿”と呼ばれる骨のすぐ上部、もしくは下部で生じます。いずれにせよ、皿の付け根の腱(膝蓋腱)が痛みます。
ただし、上の部分が痛む場合にはジャンパー膝の発症箇所である膝蓋腱からつながる大腿四頭筋とよばれる太ももの筋肉の炎症の可能性や、下の部位が痛む場合には”オスグッド“と呼ばれる成長期に多い疾患も考えられます。
併発している可能性もありますので、勝手に自己診断せずにすみやかに整形外科を受診しましょう。
原因
長期にわたる運動、特に頻繁な屈伸運動を行うことで生じます。以下が代表的な発症するスポーツです。
- バレーボール
- バスケットボール
- サッカー
- ランニング(ジョギング、トレイルラン)
- 走り幅跳び
- 走り高跳び
膝蓋腱の収縮を何度も繰り返し行うことによって損傷が蓄積されて起きます。スポーツ選手に多い疾患です。もちろん上記以外のスポーツでもランニングやジャンプ動作を頻繁に行っていれば罹患しえます。
また、スポーツ選手でなくても比較的に身体が硬い場合にも発症し、とくに、年齢に関わらず体力をつけるために急にランニングに取り組む、ということでも生じます。
基本的には充分に休息し、膝蓋腱を安静にすることで一過性で済むことがほとんどですが、スポーツ選手は損傷した膝蓋腱が修復する余裕がないほど頻繁に運動してしまうことがあり、これにより膝蓋腱の細かな損傷が慢性化・蓄積して治療が必要になる(膝蓋腱炎になる)ことがあります。
診断
セルフチェック
簡単に自分でできるチェック方法としては、座って膝を伸ばして膝蓋骨(膝のお皿)の下を押すたときに痛いかどうかを確認して下さい。ただし、あくまでこのチェックは目安ですので、痛みを感じて「怪しい」「膝蓋腱炎かもしれない」と感じられたらぜひお近くの整形外科にてきちんとした診断をもらうようにしましょう。
問診
問診では主に「痛くなったきっかけ」や「階段昇降時の痛みの有無」「椅子から立ち上がるときなど、体重がぐっとかかるときの痛みの有無」をお聞きして判断することがほとんどです。
超音波エコー
超音波エコーで膝蓋腱を撮影した場合、正常な膝蓋腱は厚みが3.5mm程でまっすぐ白い筋が入っています。一方で、膝蓋腱炎があれば厚みが均一でなく、腱の肥厚が見られます。
MRI
損傷がある場合、MRI画像では輝度変化(本来黒くなっているべき場所が損傷によって白く変化)を起こしていることが多いです。
・正常な膝蓋腱のMRI画像 | ・炎症のある膝蓋腱のMRI画像 |
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膝蓋腱炎の重症度と対策
膝蓋腱炎は、痛みの度合いによって下記表のように重症度が分類されます。
病気分類については、Blazinaが最初に報告した内容にRoelsらが修正を加えて提唱した治療法を決定する分類法があります。症状に応じて重症度を決め、その重症度に応じて運動の可否や対策を決めます。
症状 | 運動 | 対策 | |
Stage1 | スポーツ活動後に痛みがあるが、スポーツ活動に支障はない | スポーツ活動を継続する | ストレッチ、筋力強化、湿布、サポーター使用 |
Stage2 | スポーツ活動開始時や終了時に痛みがあるが、スポーツ活動に支障はない | 無理なスポーツ活動を行わない | ストレッチ、筋力強化、湿布、サポーター使用 |
Stage3 医師介入必要 |
スポーツ中にも痛みがあり、スポーツ活動に支障がある | スポーツ活動を休止する |
痛み軽減のための治療(温熱療法、超音波療法など)、リハビリや体外衝撃波、ステロイド・ヒアルロン酸注射など
|
Stage4 医師介入必要 |
膝蓋靭帯の断裂 | スポーツ活動を休止し、安静にする | 手術療法 |
自身でおこなう治療
上記分類表の痛みのStage1,2では、自身でのストレッチや筋力強化、サポーター使用などで痛みを軽減させる方法が有効です。ここでは、自宅で簡単にできる筋力トレーニングやテーピングの方法などをご紹介します。
筋力強化
膝蓋腱炎を防ぐには、膝蓋骨周りの筋肉を鍛えることが効果的です。痛みがひどい場合は無理をせず、様子を見ながら行います。痛みを我慢して無理をすると、症状が悪化して回復までさらに時間がかかってしまったり、他の部位を痛める原因にもなりますので注意が必要です。
・大腿四頭筋を鍛える1
大腿四頭筋とは下肢の中で最も大きい筋肉で、膝関節を伸ばす役割があります。大腿直筋、外側広筋、内側広筋、中間広筋の4つの筋で構成されています。
床に座り、枕やクッションを膝の下に当て、脚をまっすぐ伸ばしたまま床方向に押し潰すようにして力を入れます。
・大腿四頭筋を鍛える2
椅子に座った姿勢で脚を上げる動作です。この動作をゆっくり10回程度繰り返すことで大腿四頭筋を鍛えることができます。
・外転筋を鍛える1
外転筋とは脚を外側に開く役割を担っており、歩行するときに体を支える重要な筋肉です。中殿筋・小殿筋・大腿筋膜張筋(お尻の横)の3つの筋肉から構成されています。
寝ころんで体を横に向け、床側の脚を軽く曲げます。もう片方の脚をまっすぐ伸ばし、付け根から持ち上げるイメージでゆっくり上げます。その後ゆっくり元の位置に戻し、これを繰り返すことで外転筋を鍛えることができます。
・外転筋を鍛える2
トレーニングチューブ(ゴムバンド)を使ったトレーニング方法です。トレーニングチューブは比較的安価で購入できます。
体操座りをし、両足をこぶし一つ分ほど開いてからトレーニングチューブを膝の上辺りでゆるく結びます。手を後ろに付き、脚を浮かせたら、脚全体を外側に開く動作を繰り返し行います。この動作も10回程繰り返すことで外転筋を鍛えることができます。
・内転筋を鍛える1
内転筋とは脚の内側の複数の筋から構成されており、脚を内側に閉じる動作を担います。この内転筋を鍛える動作をご紹介します。
寝ころんで横向きになり、片方の手は床に付きます。脚をまっすぐ揃えて伸ばし、手と脚で身体を支えます。その姿勢のまま脚の内側の筋肉を意識して身体を持ち上げていきます。上がり切ったらゆっくりと元に戻して、これを繰り返します。
・内転筋を鍛える2
内転筋を鍛える動作の2つ目はトレーニングチューブ(ゴムバンド)を使ったトレーニング方法です。
トレーニングチューブの一方を重くて安定した家具などに結びます。体操座りをして、チューブのもう一方を片方の膝上に結びます。手を後ろにつき、チューブを結んだ脚を浮かせて内側に引きます。この動作を10回ほど繰り返し、反対の脚も同じ回数行います。
ストレッチ
・ストレッチ1 大腿四頭筋
横向きに寝ころび、床側の足を軽く曲げます。もう一方の脚の足首をつかんで後ろに引きます。太ももの前面が伸びるのを意識し、ゆっくり深呼吸しながら30秒ほど行います。反対側も同様に行います。
このストレッチは立ったままでもできますので、好きな体勢で行ってください。
・ストレッチ2 お皿周りのマッサージ
椅子に座り、脚を前にまっすぐ前に投げ出します。両手の人差し指と親指で輪を作り、膝蓋骨(膝の皿)を包むように持って円を描くようにゆっくりと回します。膝蓋骨周辺の硬くなった筋肉をほぐすのに効果的です。
サポーター
膝蓋骨の下に巻くだけのものや、膝全体をカバーするタイプがあります。痛みのレベルに応じて使用します。
テーピング
脚が外側に向かないよう、膝蓋骨を囲むイメージでテーピングをします。正しい方法でテーピングを行うためにも、医師や理学療法士から貼り方を教わるようにしてください。
クリニックでの治療法
ご自身の症状や診断結果をもとに、自分でできる治療以外で回復を早めたい場合にはクリニックで治療を受けるという選択肢もあります。
治療法には保険診療と自費診療の治療があります。ここでは代表的な治療方法についてご説明します。
保険診療で受ける治療
・超音波治療
患部に対する温熱的効果があり、組織の伸展性を高めたり血流改善によって疼痛の緩和を促します。また、微細な振動により、細胞膜を刺激して細胞を活性化、組織修復を促すこともできます。
・体外衝撃波療法(拡散型)
衝撃波を当てることにより、痛みの伝達を司る神経の一部を除去し、痛みを改善する治療です。
また、この衝撃波療法は血管やコラーゲンを新しく作る手助けもできるため、腱を修復しようとする身体本来の力の活性化も期待できます。
・高周波温熱治療(ラジオ波)
筋肉や脂肪層まで届くラジオ波と呼ばれる高周波を患部に当てる治療法です。ラジオ波は体内の水分を振動させて熱を発生させるため、身体の代謝が上がり、筋肉や腱の緊張をほぐす働きがあります。
・ストレッチ、筋力トレーニング、テーピング方法など
整形外科ではリハビリ施設を併設しているところが多くあります。プロの指導医から正しいストレッチ法やトレーニングを学べるため、独学で行うよりも回復までの時間を短縮することもできるかもしれません。ぜひクリニックに相談してみましょう。
保険適用外診療(自費診療)
・体外衝撃波療法(収束型)
衝撃波を患部に当てることで痛みを取り除く効果が期待できる治療です。この衝撃波のエネルギーには痛みの元となる神経を変性させたり、痛みの伝達物質を減少させる効果があります。また、組織修復を促す作用もあると考えられており、膝蓋腱炎の治療では70~80%以上のかなり高い有効性が実証されています。
一部の疾患(難治性足底腱膜炎)では保健適用が許可されていますが、膝蓋腱炎の治療では自費診療となります。体操の内村航平選手が世界選手権前に靱帯損傷の治療として取り入れたことでも有名な治療法です。回数や通院期間、料金は医療機関により異なりますので、詳しくは医療機関にお問い合わせください。
・PRP治療、PFC-FD™療法
PRP治療とは、自身の血液から多血小板血漿*を作製し、そこに含まれる成長因子(組織の修復を促進する物質)を濃縮したものを患部に戻すことで患部組織を正常な状態に戻そうとする、ヒトが本来持つ自己治癒力を活用した治療法です。PFC-FD™療法はこのPRP治療を応用した治療法で、PRPに含まれる血小板が持つ成長因子を抽出・濃縮活性化して活用します。これらの治療は自身の血液を使用するため、副作用が少ないことも特徴です。
自己血液を用いる治療は欧米では既に盛んに行われており、日本人メジャーリーガーの田中将大選手や大谷翔平選手が肘を痛めた際に行いました。手術のように長い休養の必要がないため、一日でも早く現場復帰したいスポーツ選手の間では、注目されつつある治療法の一つとなっています。日本でも自費診療とはなるものの、この治療法を取り入れている医療機関は年々増え続けています。
このようにメリットも多い治療法ですが、自費診療で保険が効かず、効果にも個人差があります。
膝蓋腱炎においては体外衝撃波治療で治らなかった方の選択肢として注目されはじめています。自己血液を活用した治療はさらなる発展が期待されています。
*多血小板血漿とは…
血液中の血漿(細胞間液)を遠心分離によって調整したもの
手術(保険診療)
・膝蓋骨腱の部分切除
痛みがなかなか取れない場合は膝蓋腱の痛みがひどい箇所を部分的に切除するという治療も視野に入ります。膝蓋腱を部分的にくり抜き、痛みを起こしている部分のみを切除するので除痛効果があります。
膝蓋腱炎で手術を行うことはあまりありませんが、症状がかなりひどく、どうしても痛みが治らない方向けに検討します。
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